世界の間違いやすい首都【アメリカ合衆国・ブラジル連邦共和国】

アメリカ合衆国の首都はワシントンD.C.

 ニューヨークではない。

 アメリカの独立時、自立志向の強い13州(旧13植民地)があった。これらの州のいずれにも属さない連邦政府直轄の首都として建設されたのがワシントンD.C.である。

 独立戦争中に北部が負った負債を実質的に南部が肩代わりする代わりに南部に首都を置く、という取引などにより、北部の著名な都市(ニューヨークなど)に首都を置くのではなく、ポトマック川付近に首都の建設が決定したという。

 1790年にポトマック川付近に100平方マイル(約259㎢)の正方形の区域が作られ、その区域は、クリストファー・コロンブスにちなんで「コロンビア特別領」と名付けられた。そして、コロンビア特別領内に置かれた都市は、初代大統領ジョージ・ワシントンの名にちなんで「ワシントン市」と名付けられた。1871年にはコロンビア特別領とワシントン市の統合により「コロンビア特別区」(District of Columbia)が成立した。これは、アメリカ合衆国の首都の法律上の正式名称となっている。

 正式名称は「コロンビア特別区」(District of Columbia)であるが、「ワシントンD.C.」(「コロンビア特別区のワシントン市」)という呼称が現在も広く用いられている。

 ワシントンD.C.の「D.C.」とは、”District of Columbia” (コロンビア特別区)のことである。

→アメリカ合衆国の歴史について学ぶときは、北部と南部の対立や差異を常に意識しよう。

→計画都市として建設された首都にはどのようなものがあるか?調べてみよう。 

ブラジルの首都はブラジリア

 サンパウロでもリオ・デ・ジャネイロでもない。

 ブラジルはポルトガルからの独立以降、現在に至るまで大西洋沿岸部に人口や産業が集中している。長らく首都が置かれていたリオ・デ・ジャネイロ、ブラジル最大都市であり南半球最大都市でもあるサンパウロは大西洋沿岸部に位置している。そんなブラジルは、沿岸部と内陸部の間の大きな格差という問題を抱えていた。それゆえ、格差是正のために内陸部への遷都(首都の移転)が主張されていた。

 また、旧首都リオ・デ・ジャネイロは、かつてブラジルを植民地支配していた旧宗主国ポルトガルの影響を非常に強く受けていた土地であるため、多民族国家ブラジルのアイデンティティを体現するような首都を新たに建設する必要があった。

 以上のような要請に応えるため、1960年にブラジリアが完成した。そのわずか27年後の1987年にブラジリアは計画都市として未来的なデザインや建築が評価されて世界文化遺産に登録された。ちなみに、ブラジリアの多くの建造物を担当した建築家オスカー・ニーマイヤーはニューヨークの国連本部の設計も担当している。

 首都建設や遷都という大事業は、内陸部における雇用創出や土地開発を振興を実現しただけでなく、「ブラジルのサバンナ」と言われるブラジル中部の低木草原地帯セラード(セハード)の土地改良・農業の振興にも大きく貢献した。

 ブラジリアを上空から見ると、大統領府・最高裁判所・国会議事堂などがある市街中心部は飛行機のかたちをしていることがわかる。この都市計画のことを “plano piloto”(プラノ・ピロト)(「パイロット計画」)という。

→植民地支配をしていた国と植民地支配されていた国について調べてみよう。植民地支配が被支配地に及ぼす文化的・言語的・民族的・産業構造的影響について考えてみよう。植民地支配終結(独立)後のそれぞれの国の関係性についても考えてみよう。調べてみよう。

→国家のアイデンティティとは何か?各国や自分の国のアイデンティティとはどのようなものか?考えてみよう。そもそもアイデンティティとは何か?ということについても考えてみよう(個人のアイデンティティについて考えてみてもよいかも)。